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〇〇に学ぶシリーズ

相田みつをさんに学ぶ「柔らかい心」 ~セトモノとセトモノとぶつかりっこする~

2016年11月29日

 

もう90歳になるAさんが何やら書き物をしていたので、ちょっと覗いてみた。すると、リハビリ室に貼ってある相田みつをさんの詩を写していたようだ。Aさん曰く、「こんな言葉、思っていても出てこないですよね」「忘れないように写してるんです」とのこと。Aさんはいつも「やわらかいこころ」で、周りの人たちの心を穏やかにしてくれている。幾つになっても人生勉強をしている姿は、人としてとても素敵に思える。

 

ちなみに相田みつをさんの詩で、私が最も好きなのはこれ。数年前のACジャパンのCMだ。テレビで初めて見た時は、「これなんだよね、これ!」と感銘を受けたのを思い出す。

『セトモノとセトモノと
ぶつかりっこするとすぐこわれちゃう
どっちかやわらかければだいじょうぶ
やわらかいこころをもちましょう
そういうわたしはいつもセトモノ
街の機嫌はこわれやすいものだから。
おおらかな気持ちでいることも
りっぱな公共心です』
(引用 ttps://www.youtube.com/watch?v=5GMvp6nfU1E)

セトモノとセトモノ

 

さて、世の中には沢山の価値観が渦巻いている。私と全く違う切り口で、このCMに対する感想を述べている掲示板があった。

『このCMの中で、横断歩道で主人公がすれ違う場面があるんですけど、肩がぶつかって相手だけ謝るんですよね。「いやいやお前も謝れよ!」って凄くモヤモヤします…』

つまり、「強いものだけが威張って弱いものは結局あやまって我慢するだけじゃないか」という視点である。これを裏付けする名著がある。哲学者パスカルの「パンセ」からの一節。

『「正義」と「力」。正しいものに従うのは、正しいことであり、最も強いものに従うのは、必然のことである。力のない正義は無力であり、正義のない力は圧制的である。力のない正義は反対される。なぜなら、悪いやつがいつもいるからである。正義のない力は非難される。したがって、正義と力とをいっしょにおかなければならない。そのためには、正しいものが強いか強いものが正しくなければならない。正義は論議の種になる。力は非常にはっきりしていて、論議無用である。そのために、人は正義に力を与えることができなかった。なぜなら、力が正義に反対して、それは正しくなく、正しいのは自分だと言ったからである。このようにして人は、正しいものを強くできなかったので、強いものを正しいとしたのである』
(引用;パンセ、中公クラシックス) 

 

テレビを付ければ暗いニュースばかりで、世界情勢も「強いものが正しい」とする価値観がうごめいているように見えるのは、自分の心が疲れているからだろうか。(関連記事『トランプ氏に学ぶ物事の捉え方』)

格差社会

 

こういう時には童心に返って「北風と太陽」を読んでみよう。

『北風と太陽が力比べをしました。「あの旅人の上着を脱がせることができるか」。まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとします。しかし旅人は上着をしっかり押さえてしまい、服を脱がせることはできませんでした。次に、太陽が力一杯照りつけました。すると旅人は暑さに耐え切れず上着を脱ぎ始めました。
北風のように、冷たく厳しい態度で人を動かそうとしても、かえって人は頑なになります。一方で太陽のように、優しくて暖かくてやわらかいこころで接したほうが、人の心にずっと深く入り込む事が出来るんですね』

北風と太陽

 

今の世は「強いものが正しい」「正直者はバカを見る」時代なのかも知れない。でも、自分が年老いた時に、冒頭Aさんのような「やわらかいこころ」を持つ人になりたいなぁと感じる。この価値観はブレずに持ち続けたい。