第2章:重力|泥に沈む巨体を、光に変える

「…重い、上がらない」

入職2週間目。ハルの腰は、すでに悲鳴を上げていた。目の前には、ベッドからずり落ちそうになっている大柄な井上さんがいる。ハルは必死にわきの下へ手を差し込み、歯を食いしばって引き上げようとした。

(…何で、こんなに重いの)

80キロの質量は、もはや人間ではなく、巨大な泥の塊のように感じられた。力を入れれば入れるほど、井上さんの身体はシーツに張り付き、ハルの指先は白くこわばっていく。

自分の筋肉が限界まで引き絞られ、ブチリと音を立ててちぎれるのではないかという恐怖が、背筋を走った。

質量という名の暴力

不意に、背後に気配を感じた。「ハル、力で勝とうとするなよ」

背後から飛んできたのは、静かだが、突き刺さるような言葉だった。夜勤リーダーの北条が、冷たいコーヒーを片手に、壁に寄りかかっている。彼女の視線は、ハルの震える腕ではなく、その「腰」に向けられていた。

「お前は今、地球と喧嘩している。井上さんの重さを、お前一人の筋肉で受け止めようとするから、そうなるんだ」

ハルは息を切らしながら、振り返った。

「でも、持ち上げないと、井上さんが床に落ちてしまいます!」

「持ち上げるんじゃない。お前の中に、重さを通すんだ」

北条はコーヒーを置くと、ハルの横に並んだ。彼女が井上さんの肩に手を触れた瞬間、場の空気が変わった。彼女の身体からは、微塵の力みも感じられない。まるで、ただそこに立っているだけの、一本の柳のようであった。

自分を「管(くだ)」にする

「よく見ておけ。重力は敵じゃない、味方にするもんだ」

北条は、第1章でハルが学んだ「接地」を、さらに深く、鋭く体現して見せた。彼女の膝がわずかに緩み、腰がすとんと真下に落ちる。その瞬間、彼女の背筋は、天から吊るされた一本の糸のように真っ直ぐに伸びた。

「井上さんの重さを、お前一人のものにするな。お前の身体を”管”にして、そのまま地面に返してやれ」

ハルは、北条の動きを真似てみた。腕の筋肉で引き上げようとするのをやめ、自分の背骨を真っ直ぐな空洞にするイメージを持つ。井上さんの重みが、ハルの肩から背中を通り、かかとを突き抜けて、そのまま床へと流れ落ちていく。

(…あ、軽い?)

不思議だった。井上さんの体重は変わっていないはずなのに、腕の中にある感覚が、泥の塊から「温かい水の袋」へと変わったような気がした。

2つ目の灯火|地球の重石を、味方につける

ハルが、力みを捨て、重力という巨大な流れに身を任せたとき、ベッドの上でこわばっていた井上さんの身体が、ふっと力を抜いた。力対力のぶつかり合いが消え、そこにはただ、二人の人間が一つの重力を分け合って立っているという、静かな調和だけが残った。

筋肉の限界を超えた先にあったのは、地球の引力を利用するという、あまりにも当たり前で、けれど誰も教えてくれなかった「身体の事実」であった。

ハルの内側に「2つ目の灯火」がともる。

それは、重さを「苦しみ」として背負うのではなく、大地へと逃がす道を知った、知恵の光であった。腰の痛みは、いつの間にか消えていた。代わりに、大地とつながった自分の身体が、かつてないほど強固な建造物のように感じられた。

【第2章の残り火】

ハルは、重力という名の強大なエネルギーを味方につけた。しかし、力が抜けたことで、彼女は次の壁に突き当たる。それは相手の肌に触れる「拳」から伝わってくる、あまりにも生々しい命の拒絶であった。

次は、感覚意を研ぎ澄ます第3章「感触」へと続く。

理学療法士H
理学療法士。典型的なB型気質、一匹狼で徒党を組むのが大嫌い。他人の悩みや相談事を自分の事のように取り込んでしまい、体調が悪くなるのが欠点。趣味は、この世の人間関係の仕組みを解明すること。
当ホームページは、リハビリ脳を鍛えるためのサイトである。「リハビリ脳=日々の生活をリハビリ的視点で捉える事」と定義している。身体機能のリハビリのみならず、揺れ動く心のリハビリにも焦点を当てて考察している。
キネシオロジーと波動療法の専門店「こころのて整体院」を運営し、心と身体の癒しの場を提供している。
こころのて整体院
自立神経専門
管理者が運営する「心と身体の流れを整える」整体院です。病院では異常がないと言われた体調不良や、慢性的な疲れ、人間関係のストレスなど、心と身体のバランスが崩れることで起こる不調のご相談を多くいただいています。
当院ではキネシオロジーを用いて無意識の影響を確認し、波動療法で身体の状態を整えながら、占術(九星気学×易経)などの助言を得ることで、これからの人生の選択についてもサポートしています。
会社やママ友関係、夫婦関係などのストレス、原因がはっきりしない不調などもお気軽にご相談ください。
  • URLをコピーしました!