新人だったころの「違和感」は、いつの間にか消えていく。
あれほど嫌っていたお局職員の横柄な口調を、気付けば自分も利用者に対して使っている。あるいは,同僚が利用者をモノのように扱う光景を見ても、何も感じなくなっている。
これは性格が変わったのではない。職場の強力な「負の重力」に引きずり込まれ、あなたの精神構造そのものが変形させられた結果である。
「同調」という名の生存戦略
物理学の世界には、「共鳴」という現象がある。強い振動を持つ物体の隣に、別の物体を置くと、次第に同じリズムで揺れ始める現象だ。
介護現場におけるお局職員は、いわば巨大な振動源である。彼女が放つ「負のエネルギー」は圧倒的で、その隣で生き延びるためには、自分のリズムを彼女に合わせるのが最も摩擦が少なく、手っ取り早い。
「そんなに優しくしてたら仕事が終わらないわよ」「そんなの適当にやっておけばいいのよ」。
こうした言葉を浴び続け、業務の波に飲み込まれるうちに、新人の心は少しずつ麻痺していく。利用者を「一人の人間」として観測するコストを切り捨て、「効率」という名のマシーンに成り下がる。それは成長ではなく、精神の「腐敗」である。
「ミラーニューロン」が牙を剥く
人間の脳には、他人の行動を見るだけで、自分も同じ行動をしているかのように反応する「ミラーニューロン」という仕組みがある。
毎日、お局が利用者を怒鳴り、雑に扱う姿を「観測」し続けることで、あなたの脳内ではその振る舞いが「現場の正解」として上書きされていく。
最初は「ひどい」と思っていたはずの光景が、やがて「当たり前」になり、最後には「自分もそうしないと仲間外れにされる」という本能的な恐怖に変わる。
気付いた時には、かつての瑞々しい感性は失われ、鏡の中には、かつて自分が軽蔑した「お局のコピー」が立っている。これこそが、介護現場における最も恐ろしい「魂の職業病」なのだ。
新人のあなたに贈る「生存戦略」
この侵食から逃れるためには、職場という閉鎖空間を「自分の世界のすべて」にしないことだ。
お局のリズムに共振しそうになったら、あえて現場の外にある価値観(家族、友人、趣味のような全く別の視点)を心に召喚せよ。
職場では完璧にマシーンを演じ、お局と同じ顔をして業務をこなしてもいい。しかし、心の一番深い場所では、「私はこの人たちとは違う観測者だ」という冷徹な境界線を一本引き続けなさい。
お局が利用者を叱責しているとき、あなたは心の中で「ああ、この個体は今、エネルギー不足でエラーを起こしているな」と、物理現象として分析するのだ。
結論
周囲と馴染めないこと、違和感を持ち続けることは、あなたがまだ「まともな人間」である証拠だ。
無理に職場に溶け込もうとして、自分の色を濁らせてはいけない。その「心の孤独」こそが、あなたの人間性を腐敗から守る唯一の防腐剤になる。
あなたが守るべきは、お局との人間関係ではない。いつかあなたが現場の主導権を握ったとき、その「違和感」を種にして、新しい風を吹かせるための「自分自身の原点」なのである。
今はただ染まらずに、しぶとく「よそ者」のままで生き残りなさい。
【第1章】介護現場に巣喰うブラックホール|お局の支配と新人の消滅
【第2部】お局の価値観に染まっていく新人たち|静かなる「侵食」の恐怖