認知症が進行し、言葉が出なくなったり、焦点が合わなくなったりした利用者に対して、私たちはついつい「もう、こちらの言うことは伝わっていないだろう」と決めつけて接してはいないだろうか。
しかし本当にそうだろうか。
介護の現場では、時として「奇跡」のような瞬間が訪れる。ずっと虚空を見つめていた人が、ふとした瞬間に、かつてのその人らしい鋭い一言を放ったり、優しく微笑んだりする。
この不思議な現象を読み解くカギが、量子力学の有名な思考実験「シュレーディンガーの猫」にある。
「二つの状態」が同時に重なり合っている
「シュレーディンガーの猫」とは、
箱を開けて中を確認するまで、「猫が生きている状態」と「死んでいる状態」が、実は同時に重なり合って存在している
というような、量子力学の奇妙なルールを説明する話だ。
これを認知症ケアに当てはめてみてほしい。目の前の利用者は、決して「何も分からなくなった人」ではない。
そこには、「病気の影響で混乱している自分」と「全てを深く理解し、尊厳を保っている自分」の二つが同時に、重なり合って存在しているのである。

どちらの自分を「観測」するか
量子力学のもう一つの重要なルールは、「観測した瞬間に、どちらかの状態に確定する」ということだ。
介護職や家族が、「どうせ言っても分からない」というフィルターで相手を見る(観測する)と、その瞬間に相手は「何も分からない人」としての現実を確定させてしまう。
逆に、「この人の中には、今も全てを分かっている本人がいる」と信じて接する(観測する)とき、重なり合っていた可能性の中から、「しっかりとした本人」という状態が、ひょいと顔を出す。
相手がどちらの状態で現れるかは、こちらの「関わり方(観測)」というスイッチにかかっているのである。
「見えない本人」に向かって話しかける技術
言葉が通じていないように見えても、相手の中には「全てを理解している本人」が重なり合って存在している。だからこそ、私たちは、「今、目に見えている混乱」を通り越して、「その奥にいる本人」に向かって、常に敬意を持って話しかける必要がある。
その誠実な観測こそが、重なり合った可能性の扉を開け、相手の尊厳を呼び起こすのである。
ケアとは、可能性を信じ続けること
「シュレーディンガーの猫」が教えてくれるのは、「可能性は最後まで消えない」という科学的な希望だ。どんなに症状が重く見えても、「何も分かっていない」と確定させてはいけない。
「まだ、ここには本人がいる」
そう観測し続けること自体が、介護職にできる最高の介助であり、利用者の魂を孤独から救い出す唯一の方法なのである。
まとめ|処方箋
- 「分からない」という決めつけを捨てる;
「どうせ伝わらない」という観測は、相手をその状態に固定してしまう。「今は隠れているだけで、奥には本人がいる」という重なり合いの状態を常に意識しよう。 - 「二つの自分」を同時に抱きしめる;
目の前の混乱した言動(尿器の状態)を否定せず、同時にその奥にある輝き(本人の状態)も信じる。どちらか一辺倒にならず、重なり合ったままの相手を丸ごと受け入れよう。 - 「最高の観測者」であること;
あなたが相手を「一人の大切な人間」として観測し続ける限り、相手がその姿を見せてくれるチャンスは、確率的に、物理的に、常に存在し続ける。