新人さんが入ってきた時、最初から嫌っている職員は少ない。
むしろ逆だ。
「今度こそ長く続いてくれると良いね」
「やっと人が入った!」
「今度は当たりだと良いなぁ」
皆、最初は期待している。
介護現場は慢性的な人手不足であり、新人さんの存在そのものが“希望”だからだ。
最初のうちは、周りも優しい。
仕事を教える。
フォローする。
失敗しても励ます。
しかし——
少しずつ、空気が変わり始める。
「この前も言ったよね?」
「また同じミス?」
「メモ取ってる?」
最初は小さな違和感である。
だが介護現場には、“余裕”というものが存在しない。
誰か一人が動けないだけで、
- オムツ交換が遅れる
- ナースコールが溜まる
- 入浴が押す
- 送迎時間が崩壊する
- 残業が増える
つまり新人教育とは、
現場にとって“綺麗事だけでは済まない負荷”なのだ。
そして疲弊した現場は、徐々に“原因探し”を始める。
「忙しいのは誰のせいだ?」
すると最も弱い存在へ、視線が集中する。
新人さんだ。
本来なら、
- 教育体制
- 人員配置
- マニュアル不足
- 業務量
- 指導方法
など、組織全体に原因があるのかも知れない。
しかし人間は、抽象的な問題には怒りを向けにくい。
だから、
“顔の見える誰か”が必要になる。
「あの人がいるから回らない」
「あの人のせいで残業」
「あの人がいなければ楽になる」
こうして現場は、
少しずつ“排除の空気”を帯び始める。
恐ろしいのは、
この時点では、まだ誰も自分を「悪人」だと思っていない事だ。
むしろ皆、
「現場を守るために言っている」
と信じている。
ここから先は早い。
「あの人、利用者さんにも危ないよね」
「やる気が感じられない」
「向いてないと思う」
「もう限界じゃない?」
そして、ついに始まる。
「辞めさせろ」の大合唱である。
だが実際には、
誰も自分の手を汚したくない。
だから現場は、
ある人物へ圧力を掛け始める。
——リーダー(中間管理職)だ。
「ちゃんと指導したの?」
「なんで放置してるの?」
「利用者さんに何かあったら責任取れるの?」
リーダーは板挟みになる。
新人さんにも事情がある事を知っている。
不器用なだけかも知れない。
家庭の問題を抱えているのかも知れない。
必死に頑張っているのも見ている。
だが一方で、
現場が崩壊しかけているのも事実なのだ。
進むも地獄。
戻るも地獄。
そしてリーダーは、
事務長へ報告する。
「現場から、厳しい声が出ています」
その瞬間、
リーダーは“裏切り者”になる。
新人さんから見れば、
「相談していたのに」
「味方だと思っていたのに」
「結局、上にチクったんだ」
となるからだ。
すると今度は、
リーダー自身が孤立を始める。
「あの人に相談すると上に報告される」
「口では優しい事を言うけど信用出来ない」
「あのリーダー、冷たいよね」
根も葉もない噂が広がる事もある。
しかし最も残酷なのは、
ここまで「辞めさせろ」と言っていた職員達が、
実際に辞める段階になると、
「人手不足なのに辞めさせるなんて…」
「もう少し育てれば良かったのでは?」
「結局、現場がもっと大変になるじゃん」
と言い始める事である。
今さら何を言うのだろう。
だが、これが集団心理だ。
人は、
自分達が誰かを追い詰めた事を認めたくない。
だから最後には、
「判断した管理職が悪い」
という形に変換される。
こうして介護現場では、
組織全体のストレスが、
- 新人
- 中間管理職
へ順番に押し付けられていく。
そして、
誰も幸せにならない。
私は思うのだ。
介護現場が本当に恐ろしいのは、
忙しさでも、人手不足でもない。
“優しい人達”が、
集団になる事で、
簡単に誰かを排除する空気を作れてしまう事なのではないか、と。
これは決して、
介護職だけの問題ではない。
人間という集団そのものが持つ、
根源的な恐ろしさなのである。








