自我からのログアウトと、残されたハードウェアへの接触
「記憶の消去プロセスは、古い過去から順番に行われるのではない。一番新しく、一番強固だったはずの『関係性』というデータから順に破損し、最後に『自分』という名のアカウントから静かにログアウトしていくのだ」
認知症が進行し、末期と呼ばれるフェーズに突入したとき、脳というストレージでは極めて残酷なデータの消去(フォーマット)が始まる。
多くの人は、記憶というものは「古いものから順に薄れていく」と錯覚している。 しかし、実際のシステム崩壊は逆だ。脳は、昨日食べたものや、たった今交わした会話という「最新のログ」から順に保存能力を失い、次いで現在を支えている最も重要なネットワーク、すなわち「家族との関係性」のデータを破壊し始める。
数十年間、苦楽を共にしてきたはずの配偶者の顔が、見知らぬ他人のピクセルデータへと成り下がる。 毎日献身的に下の世話をしてくれる娘に向かって、「あなたは誰ですか」と、エラーコードすら吐き出さずに無表情で問いかける。 それは、彼らが薄情だからではない。システムが物理的に限界を迎え、最も容量を食う「複雑な人間関係」という重いファイルから強制的に削除(デリート)しているだけなのだ。
世界との接続ポイント(座標)が一つ、また一つと断たれていく。 愛する者の名前を失い、家の場所を失い、言葉の概念を失う。
一番新しく、一番大切だったはずの「関係性」のデータから順に破損していく。 家族の顔が単なるピクセルの集合体に変わり、自分の名前という最も強固だったはずのパスワードすらも認証されなくなる。
やがて、最後のキャッシュメモリが揮発し、「自分」という名前のアカウント(上位OS)からは完全にログアウトされる。
高度な情報処理を終え、ただ生命を維持するだけの基礎システムへと移行した肉体。 その絶対的な静寂を前にして、私はもう、気の利いた声掛けも、100円の代替パーツも取り出さない。永遠に届かない空間へ向かって、無責任に手を伸ばすような真似はしない。
私はただ無言のまま、拘縮を始めたその手首に指を添え、いつものように関節を動かし始めた。
(完)








