フロアを覆うマルウェアと、パニックの連鎖
「不穏は個人の症状ではなく、ネットワーク上のエラーである。一人が発したノイズは、閉鎖空間というローカル回線を通じて、瞬く間にフロア全体へ感染していく」
夕暮れ時、一人の認知症患者が「家に帰る!」と突然大声を上げ、フロアを徘徊し始める。 すると、それまで穏やかにテレビを見ていた別の患者がソワソワと立ち上がり、全く関係のない患者までが「泥棒がいる!」と叫び出す。スタッフたちは慌てふためき、デイルームは阿鼻叫喚のパニック状態に陥る。
これは偶然の連鎖ではない。一人の脳内で発生した「不安(ノイズ)」というマルウェアが、ミラーニューロンというWi-Fiを通じて、同じ空間にいる無防備な端末(他の患者やスタッフ)へ次々と感染(パンデミック)を引き起こしているのだ。
このネットワーク・エラーを鎮圧するために、「落ち着いてください」という正論(論理コマンド)は一切通用しない。 観測者が為すべきは、感染源の説得ではなく、物理的な「通信環境」の変更である。エラーを発し続ける端末を、ローカル通信の届かない静かな空間へ一時的に退避させる。
ただ電波の干渉を物理的に遠ざける。それだけで、ノイズの供給を絶たれたフロアは嘘のように静まる。








