さて今回は「常識を疑え」シリーズの第6弾。このシリーズは、介護の「常識」と呼ばれるものについて、ちょっと違った角度から論じている。今回のテーマは「片麻痺利用者様の寝返りの方向」についてである。お暇があればご一読を…。
介護スタッフからの質問
先日、介護スタッフから次のような質問があった。
「片麻痺の利用者様で、いつも患側(麻痺側)に寝返る人がいるんです。麻痺した肩を痛めるから止めてほしいんですけど、患側の方が寝返りし易いって言うんです。どうすれば良いのでしょうか…」。
先ずは国家試験を解いてみよう
片麻痺者の「寝返り方向」について、先ずは国家試験問題を解いてみよう。
①理学療法士国家試験過去問より(一部改変)
正誤を答えなさい。
<問題> 患側を下にして寝返りする
<解答> × 寝返りは健側方向へ、患側が上になるように指導する
②看護師国家試験過去問より(一部改変)
正誤を答えなさい。
<問題> 健側を下にした側臥位を避ける
<解答> × 患側を下にした側臥位を避ける
「健側」へ寝返るのが正解
国家試験を見て分かるように、片麻痺者の寝返りは「健側へ寝返る」のが正解。例えば、右麻痺の人は「左側」へ寝返るのが正しい方向となる。
なぜ健側方向に寝返りしなければならないのか
健側方向へ寝返る理由は、以下の2つで説明できる。
①患側に寝返ると、麻痺した肩に痛みが出る可能性がある
麻痺した肩は、筋肉が緩んで亜脱臼となっている場合がある。さらに感覚鈍麻や筋委縮・血流障害等が絡むことで、身体の下敷きとなった肩に大きな負担を強いる可能性があるのだ。
②患側に寝返ると、次の「起き上がり動作」へ繋がりにくくなる
寝返り動作を、起居動作の一連の動きの中で捉えてみよう。患側へ寝返りした場合、次に肘をついて身体を持ち上げなければならない。しかし麻痺した上肢では、身体を支えることが出来ず、起き上がることが難しいのだ。
以上の理由から、介護の教科書では「健側方向に寝返る」と記載されている。
患側方向が寝返りし易いと感じる理由は
それでは冒頭「患側方向が寝返りし易い」というのは、どういう事なのだろうか。以下の2つの理由が考えられよう。
①健側でベッドを踏み込み、患側方向へ寝返る
膝を立てた健側の下肢でベッドを踏み込むと、身体を患側方向へコロンと回転させることが出来る場合がある。これを「楽」だと感じているのだ。
②健側へ寝返ると、麻痺側の上下肢を「重し」と感じてしまう
冒頭の利用者様は、健側へ寝返るのを「やりにくい」と感じている。健側へ寝返る際、反対側の麻痺した上下肢を置いてきぼりにしてしまい、それを「重し」と感じるのだ。また「痙性」があると麻痺した上下肢を後方へ引いてしまい、余計に重く感じるだろう。右側の空間失認や身体失認・深部覚鈍麻などが絡んだ利用者様に多いパターンである。
それに比べ、患側への寝返りは案外上手く行きやすい場合があり、冒頭の発言に繋がったのだと想像出来る。
常識を疑え
教科書に書かれていることを「忠実に」実践することは、身体の回復を目指す為にも、また安全を確保する上でも大切なことである。しかし、実際の場面では教科書通りに行かないことも沢山存在する。
今回のケースは、「健側への正しい寝返り方法を指導する」のが正解なのだろう。しかし、その前に考えるべき事がある。なぜ利用者様が「患側の方が寝返りし易い」と発言したのか。その言葉をダメ出しする前に、言葉の意味するものを探求する姿勢が大切だ。
さて、冒頭の職員さんの質問「患側の方が寝返りし易いって言うんです。どうすれば良いのでしょうか…」に対し、あなたならどう答えるだろう。