今回のテーマは「階段昇降の足の出し方」について。介護の「常識」と呼ばれるものについて、ちょっと違った角度から論じてみたいと思う。お暇があればご一読を…。
階段を降りる時の足の出し方
「良いほうの足から降りたほうが降りやすいんだよ…!」。
片麻痺の利用者様から、そんな声を聞くことがある。教科書を読むと、「階段を降りる時は、悪いほうの足から降ろしましょう」と書いてあるのだが、どういうことなのだろうか。
昇りは健側、降りは患側
そもそも、何で階段昇降の「足の出し方」に決まりがあるのか。先ずは階段を降りる時の動作から考察してみよう。
階段を降りる
左麻痺の人が階段を降りる動作を見てみよう。左足を下の段に降ろそうとする時、反対の右足は「片足立ち状態」になるため、右足に大きな負荷が掛かる。更に、左足を下段に降ろす際のスピード調整をするため、右膝を徐々に曲げながら体重を支え続けなければならない。「片足スクワット」をイメージすると分かり易いだろうか。
この時の動作が、弱い麻痺した左足では困難なのだ。
階段を昇る
階段を昇る時も同じ考え方である。先ず右足を上の段に乗せる際は、左足の一瞬の踏ん張りで右足を持ち上げる事が出来るだろう。しかし次に、右足を踏ん張って身体全体を上の段に運ぶ際は、右足に大きな力が必要となるのだ。
この時の動作が、弱い麻痺した左足では難しい。
ということで、教科書では「昇りは健側、降りは患側」(行きはよいよい、帰りはこわい...)となっている。我々が安全に動作が出来るための「道しるべ」として、教科書の決まりがあるのだ。
麻痺特有の症状
それでは、なぜ冒頭の言葉「良いほうの足からの方が降りやすいんだよ」となったのだろう。
「わかりやすい移動のしかた」の著者である井口氏によると、悪いほうの足を振り降ろす際、足が内側へ偏位する(内転する)リスクを指摘している。これは脳梗塞などの麻痺に伴う特有の症状と言われているのだが、この内転症状が階段動作を不安定にするため、冒頭の言葉が出たのかもしれない。
実際場面を見てみよう
当施設の利用者様である。麻痺側(左足)を振り出す際に、下肢が内転方向へ偏位してしまい、不安定となっている。
良いほうの足から降りる場合がある
実は、悪い方の足から降りるのではなく、良いほうの足から降りる場合がある。以下の2点を考慮しよう。
内転方向へ振り出してしまう場合
先ほど述べた通り麻痺側の足は内転しやすいため、良いほうの足を先に振り出した方が安定する人がいる。下写真の利用者様は、自宅の階段を良いほうの足(右足)から降ろしている。「このほうが降りやすいんだ」という。
筋力訓練として行なう場合
前述したように、階段を降りる際は支持脚(上記写真では左足)に大きな負担が掛かる。そこで、敢えて悪いほうの足を支持脚とすることで、筋力強化を図る場合がある。
左足(麻痺側)の筋力訓練;昇り
左足(麻痺側)を支持脚とし、右足を「上段⇄下段」とステップ運動する。
左足(麻痺側)の筋力訓練;降り
左足(麻痺側)を支持脚とし、右足を「上段⇄下段」とステップ運動する。
装具の一番上のベルトを緩めよう
階段を降りる時に装具を付けている場合、足首が窮屈に感じるかもしれない。その時は、一番上のベルトを緩めると、足首の自由度が広がるので楽になる。ただし、この方法は危険を伴うので、試す時には必ず専門家の指導の下で行なおう。
常識を疑え
教科書に書かれていることを「忠実に」実践することは、身体の回復を目指す為にも、また安全を確保する上でも大切なことである。しかしもっと大切なことは、その理論が出てきた背景因子を理解すること。「なぜ起き上がりや移乗は健側からなのか」「なぜ服を着るのは患側からなのか」など、教科書に書かれている理由をきちんと語れる事が必要だ。
冒頭の言葉、「良いほうの足からのほうが降りやすいよ…!」という利用者様の声をダメ出しするのか、それとも新たな可能性を探求することが出来るのか。もう一度、介護の「常識」を見直してみよう。