リハビリテーションの世界には、強力な「書き換え負荷」の常識が存在する。その一つが、「四点歩行器は平地専用であり、段差や悪路で使用してはならない」という暗黙のルールだ。
教科書的には正しい。四つの脚すべてが接地しなければ不安定になり、斜めになれば即座に転倒のリスクを孕むからだ。
しかし一歩外に出ると、生活の場には「手すりのない段差」というバグが、利用者の行動意欲を冷徹に遮断している。
今回は、一人の利用者が常識という名の壁を、自らの「知恵」でハッキングしたエピソードを通じ、専門家が陥りがちな「安全という名の思考停止」について考えてみたい。




事例:どうしても歯医者に行きたいAさんの切実な思い事例紹介
頚椎症により手足の不自由なAさん。屋内の移動は四点歩行器で自立していたが、屋外の段差には強い不安を抱えていた。ある日、Aさんは「奥歯の詰め物が取れたので歯医者に行きたい」という切実な願いを口にする。
歯科医院を調査した私の前に現れたのは、教科書が「NO」を突きつける環境だった。
・15㎝の段差が2段
・手すりなし

私の頭の中には「四点歩行器は平地用だから無理だ」「斜めになって転倒する」という定型文が駆け巡る。私は、「まずは自宅で練習してからにしましょう」と、無難で慎重な判断を伝えた。それは、専門家としての「責任」を果たすための、最大公約数的な回答だった。

まあ1段くらいなら登れるかも…
グルグルと頭の中を教科書が駆け巡る。「四点歩行器は平らなところで使うもの…」。
「まあ1段くらいなら登れるだろうけど、2段以上じゃ無理だろうなぁ…」。

「どう考えても、斜めになって転倒するよなぁ…」

衝撃!「先生、行けちゃいました」
1週間後、Aさんは満面の笑みで私を迎えた。
「先生、待ちきれなくて歯医者に行っちゃいましたよ!」
…耳を疑った。あの「禁じ手」のはずの段差を、どうやって?

Aさんが実践したのは、教科書には載っていない、だが極めて合理的なライフハック(生活の知恵)だった。
Aさんが実践した方法
登るとき







降りるとき






四点歩行器は、2段程度ならば昇降できる
当然リスク管理が必要だが、出来ないことはないという事だ。それでは、3段の段差はどうだろう。
段差15㎝で踏面30㎝とすると、
「高さ45㎝で60㎝先」に四点歩行器を置かなければならない。
ちょっと難しいような気がするが…。

理学療法士Hの目:「出来ない理由」をデバッグせよ
今回の件で、私は自身の「思い込み」というバグが、Aさんの可能性をシャットダウンしていたことに気付かされた。
もちろん、安全第一は譲れない。四点歩行器での階段昇降を安易に進めるべきではないだろう。しかし、専門家の役割は「平地用だから無理です」と門前払いすることではない。
「どうすれば、安全にその段差を越えられるか」を、利用者と共に探求し、リスクを最小限に抑える「パッチ(修正プログラム)」を充てることにある。
「病院では出来なかったことが、自宅では出来る」
そんな逆転現象は、生活の知恵が「常識」という名のプロテクトを突破したときに起こる。
結論
「出来ない理由」を並べるのは簡単だ。しかし、利用者の「生きたい」というエネルギーに寄り添うためには、自分の中の凝り固まった常識を、一度溶かしてみる必要がある。
「四点歩行器でも、工夫次第で可能性はある」
その選択肢を一筋の光として持っているだけで、我々の提案できる未来の幅は劇的に広がる。
常識を疑え。そして、目の前の人が「一歩前へ」踏み出そうとするその意志を、最高のハッキング技術で支えよ。それが、臨床30年を経て私が見つけた、リハビリテーションの真実である。
【四コマ漫画】価値観が溶けていく心地よさ
さて、時に常識を疑いたくなるケースに出会うことがある。四点歩行器の特殊な使い方についてのお話を、4コマ漫画でご紹介しよう。




さて、四点歩行器での段差が可能なら、「車椅子での階段」はどうなのだろう…。試してみました。








