人間の形をした断絶と、自動の咀嚼
「対象が人間に近づくにつれ、ある一点において突然、強い嫌悪感や不気味さが惹起される。私たちは、人間と非人間の境界線に本能的な恐怖を抱く」 ―― 森政弘(不気味の谷現象)
ロボット工学における「不気味の谷」。 完全に機械の見た目をしたロボットには親しみを持てるが、人間の皮膚や骨格を精巧に模倣しすぎると、わずかな動作の違和感や表情の欠落によって、人間の脳は強烈な違和感と拒絶反応を示す。 私たちが本能的に恐怖するのは、完全な異形の存在ではない。人間の形をしているのに、そこに期待されるはずの「人間の気配」が欠落している状態である。
昼12時15分。 フロアには、出汁の匂いと、とろみ剤の甘ったるい化学的な匂いが混ざり合って充満している。 女は、緑色をしたほうれん草のペーストをスプーンですくい、車椅子に座る85歳の老人の口元へ運んだ。
老人の顔面には、一切の感情がない。 重度の脳血管障害によって表情筋のコントロールを失い、目は虚空を見開いたまま、瞬きすら数分に一度しか起こらない。それは、限りなく人間に近いが、人間との交感(コミュニケーション)を一切持たない、精巧な殻のようだった。 しかし、スプーンの冷たい金属が下唇に触れた瞬間、老人の顎は反射的に開き、ペーストを口内へと迎え入れる。そして、目はどこも見ていないまま、顎だけが一定のリズムで機械的に上下し始めた。咀嚼反射と嚥下反射。脳幹だけが生き残り、生命を維持するためのプログラムを自動で実行している。
もし女が以前のように「完璧な記号処理装置(機械)」であったなら、これを単なる「ハードウェアへの燃料補給作業」として処理できただろう。 しかし、防衛機制が破綻し、自分が生身の人間であることを思い知らされてしまった女の脳は、この光景を前にして強烈なエラーを引き起こす。
不気味の谷に、足を踏み入れてしまったのだ。
目の前で顎を動かしているのは、誰なのか。 喜怒哀楽を喪失し、意思も言葉も失ったまま、ただ粘性のある液体を胃袋へ送り込むだけの反射運動。しかし、その顔は間違いなく人間の形をしており、皮膚には確かな体温がある。
人間の形をしているのに、人間として認識する回路が機能しない。 この決定的な断絶を前にして、女の背筋に、生物としての本能的な恐怖と嫌悪感が走る。
私たちは、誰を生かそうとしているのか。 意識が抜け落ちた肉の器に、ただカロリーを詰め込み、排泄させ、またカロリーを詰め込む。倫理という名の社会システムが、この生物学的な維持装置のプラグを抜くことを許さない。女自身が、この終わりのない拷問のような生体維持システムの歯車として組み込まれている。
逃げ出したい。 スプーンを投げ捨て、この不気味な谷から這い上がりたい。血の通った人間として、女の心は悲鳴を上げている。
しかし、女の腕は止まらなかった。 自分が傷つきやすい人間であり、この認知の歪みに恐怖していることを完全に自覚しながら、女は手首を返し、次のニンジンペーストをすくい上げた。
機械として感情を殺すのではない。 人間としての恐怖と嫌悪感をすべて抱え込んだまま、それでも、この名づけようのない命に最後まで伴走する業(ごう)を背負う。
女は無表情のまま、咀嚼を終えた生気のない唇へ、再びスプーンを押し当てた。 口が開く。ペーストが消える。 フロアには、ただ湿った咀嚼音だけが、時計の針と同じリズムで響き続けていた。








