【介護の思想10】「障害受容」なんて待つな!その間に人生が終わる|麻痺という壁を量子トンネルでワープする技術

目次

【導入】受容という名の服従要求

現場のカンファレンスで、こんな言葉をよく耳にしないだろうか。 「あの利用者さんは、まだ自分の障害を受容できていない」。

障害を負う。それは、昨日まで従順だった身体が突如として牙を剥き、自分という統治者から離反する「肉体の反逆」である。教科書は、この混沌とした心の軌跡を「障害受容過程(5段階説)」という整然とした言葉で定義しようとする。

1.ショック期(虚無の結界)

ショック期

身体の喪失という爆撃を受け、感覚が麻痺した状態。何も考えられないのは、脳がシステムダウンを装って「心の死」を防いでいる緊急避難措置である。

2.否認期(現実への宣戦布告)

否認期

「自分は大丈夫だ」「明日には元に戻っている」。それは現実逃避ではなく、変わり果てた現実を認めれば、自分が壊れてしまうという、切実な「拒絶」という名の戦いである。

3.混乱期(感情の白兵戦)

混乱期

理性が現実を認め始め、怒り、絶望、嫉妬が入り混じる。なぜ自分だけが…。その叫びは、不条理な運命に対する「剥き出しの抵抗」だ。

4.受容期(静かなる休戦)

受容期

「前向きになる」のではない。障害という「勝てない相手」と同居する覚悟を決め、残された手札でどう生き抜くかという、冷徹な「戦略的撤退」、あるいは「あきらめ(明らめ)」である。

ショック期から始まり、否認、混乱を経て、最終的に「受容」というゴールへ至る、美しい一方通行の階段。 しかし、理学療法士として30年の臨床を経て断言する。こんな綺麗な階段を一段ずつ登る人間など、現場にはただの一人も存在しない。

なぜ、私たちは利用者に「早く障害を受け入れてほしい」と願うのか。厳しい言い方をすれば、それは「支援者側が楽になりたいから」だ。 受け入れてくれれば、リハビリや介護への拒否が無くなり、私たちの支援の「正しさ」が証明される。私たちが利用者に求めている「障害受容」の正体は、支援の効率化のための「服従」に近いのではないか。

この記事の結論(ネタバレ)
  • 障害受容の「5段階説」など、現場には存在しない。心は常に揺れ動く。
  • 「治ったらやる」という呪縛を捨て、患側(麻痺)を「お荷物」ではなく「優秀な重し」としてハックせよ。
  • 100均の自助具は、数年かかる訓練時間を一瞬でゼロにし、目的の向こう側へ到達する「ワープ装置」である。

【第1章】揺れ動く心のリアルと「明らめ」

現場のリアルは、もっと「雑」で「泥臭い」。 まずは、現場の最前線を描いた、この4コマ漫画を見てほしい。

訪問リハビリの利用者様で物が二重に見える障害を負っている
家に閉じこもっているのを心配した孫娘が蛍の鑑賞会に連れて行ってくれた
蛍の光が二重に見えて広がりを見せたため感動
物が二重に見える障害も見方を変えればプラスなんだなあと障害受容のきっかけを掴む

ホタルの光に感動して、ついに前向きになった(受容した)はずのCさん。しかし、その後の展開はこうだ。

前回の記事のホタルの鑑賞会により障害受容のきっかけを掴んだCさんはデイサービスに楽しく通いだした
デイサービスで簡単な計算問題が出来ないでいると、向かいの利用者に馬鹿にされた。物が二重に見える障害で問題文が読めなかっただけなのに。ショックでデイサービスに行かなくなってしまった
理学療法士の三好春樹氏によると、障害受容家庭は一方通行でなく可逆的だという。
また家に閉じこもるようになってしまったCさん。否認期に入ってしまったようだ。理学療法士Hの苦悩は続く

翌日には心ない他人の一言で、再び激しい自己否定(否認・混乱)の底へと突き落とされる。 介護・リハビリの現場で長年活動してきた三好春樹氏は、次のように述べている。

「1ショック期」「2否認期」「3混乱期」を経て「4受容期」に至るという単純な一方的過程ではなく、何かのきっかけですぐ否認期になったり混乱期になったりする。つまり全部の心理状態、4つの段階がいつも心の中にある、**可逆的(並列的)**であるというふうにみるべきではないか。 (参考:『教師はなぜぼけるのか』筒井書房)

上記は障害受容過程を「4段階」で示しているが、通常は「ショック期→否認期→混乱期→解決への努力期→受容期」の5段階とする事が多い。コーン(1961)の5段階、フィンク(1967)の4段階 、キューブラ・ロス(1969)の5段階、上田の5段階などがある。

心は、振り子のように激しく行ったり来たりを繰り返す。 利用者の心が揺れ動き、否認の範疇に逆戻りしたとき、我々は「後退した」と焦ってはいけない。それは、彼らが再び戦うために必要な「防衛行動」なのだ。

「諦め(ギブアップ)」ではなく、「明らめ(事実の直視)」

我々にできるのは、「受容させる」という傲慢な介入ではない。 本来、障害受容とは前向きになることでも、ネガティブな「諦め(ギブアップ)」でもない。仏教の語源にもあるように、今の自分の身体という構造をハッキリと見極める「明らめ(事実の直視)」である。

昨日まで出来ていたことを一度手放し、不自由な身体を「飼いならす」ための戦略的撤退。それが完了したとき、我々は「治す」という執着から解放される。


【第2章】身体のハック:患側を「環境」として再定義する

心で「明らめ(事実の直視)」が出来たなら、次は身体(麻痺した半身:患側)の捉え方を変えることだ。

もちろん、発症直後の病院において、「リハビリを頑張って麻痺を治す」ことは絶対に必要だ。しかし、生活の場に戻った後も、そのルールを引きずってしまうと、悲劇が起こる。

「患側が治るまで、自分はまともに動けない。まずはリハビリだけを頑張ろう」…。 ご家族も当事者も、無意識にこの「機能回復モデル」を唯一の正義だと信じ込み、麻痺の完治という蜃気楼を追い求めてしまう。しかし、生活は待ってくれない。「治ったらやる」という呪縛こそが、まだ動くはずの良い方(健側)の意欲までをも奪い、精神的な寝たきりを量産しているのだ。

この呪縛から逃れる方法は一つ。患側を「治すべき自分の一部」として見るのをやめ、「自分に最も近い環境(道具)」として冷徹に突き放すのである。「動かない身体」として見れば絶望しかないが、「自分に固定された、優秀な重し(ウェイト)」だと割り切ったらどうだろうか。

  1. 「重し」としての制圧任務: 
    洗濯物を畳む際、患側の腕をただ布の上に乗せる。それだけで布は重力によって固定され、健側の片手作業が劇的に安定する。(【片手で100均(3)】片手でも洗濯が出来る工夫|ダイソー商品で「動きを変える」干し方 | 4コマ漫画で考えるリハビリ脳の作り方
  2. 体幹を支える「スタビライザー」: 
    車椅子の肘置きの上に患側の前腕を配置するだけで、体幹のノイズは消え、姿勢は劇的に安定する。「梁(はり)」となることで、健側はより自由に動けるのだ。(【介護の骨4】姿勢崩れを物理で制する「前腕支持」の兵法|食事がしやすくなるシンプルな方法 | 4コマ漫画で考えるリハビリ脳の作り方
  3. 健側を動かすための「アンカー(支点)」: 
    良い方の足を前に振り出すためには、悪い方の足で大地を踏みしめ、耐える必要がある。患側は「進めない足」ではなく、次の一歩を刻むための「不動の拠点(アンカー)」なのだ。(【常識を疑え2】なぜ良いほうの足(健側)なのに動かせないのか?「患側への重心移動」という落とし穴 | 4コマ漫画で考えるリハビリ脳の作り方

【第3章】環境のハック:量子トンネルと100均ワープ

身体すら「環境」として扱えるようになったなら、次は外部環境へのアプローチだ。

「もっとリハビリを頑張って、いつかこの障壁を壊して歩けるようになるはずだ」と正面からぶつかり続けるが、現実は厳しく、壁はビクともしない。 しかし、物理学(量子力学)の世界には、壁を壊さずに向こう側へ行く方法がある。それが「量子トンネル効果」だ。

私たちの目標は「壁を壊すこと(麻痺の完治)」ではなく、「壁の向こう側(行きたい場所・やりたい生活)へ行くこと」のはずである。

「治すこと」に執着して壁を叩き続けるのをやめ、「今の状態でどう目的地へ行くか」に作戦を切り替える。この構造の切り替えこそが、トンネル効果を起こすスイッチとなる。

ダイソーは「ワープ装置」である

ここで言うワープとは、「少しずつ麻痺が良くなる」ことを意味していない。「出来ないはずのことが、その瞬間に出来ている」という、結果だけを先に確定させることだ。

例えば、ダイソーの材料で「片手用まな板」を自作すれば、麻痺の回復というプロセスを経由しなくとも、「料理を作れる」という目的地にいきなり到達できる。さらに、針金とグリップで「ボタンエイド」を自作すれば、麻痺した指先の細かな動きが戻るのを待たずに、その日のうちに「自分でボタンを締める」という結果を手に入れられるのだ。

これは、「機能が回復しなければ、生活は変えられない」という常識を無視して、ゴール地点に直接出現する「量子躍動(クォンタムリープ)」なのだ。

この100均で作る自助具は、本来なら数年かかるはずの訓練時間を一瞬でゼロにする、構造的な裏技なのである。


【結び】泥沼に立つ「杭」となれ

「いつか治れば、出来るようになる」という階段を一段ずつ登る努力は、ときに残酷なほど時間がかかり、人生そのものを終わらせてしまう。 だからこそ、我々は「あきらめ(明らめ)」という最速のショートカットを選ぶ。

しかし、障害受容は一度きりの儀式ではない。一生をかけて、凪(なぎ)と嵐を繰り返す航海である。機能回復という蜃気楼を見失い、ワープ装置を手にした後でも、利用者が再び「否認」や「混乱」の泥沼に沈み込む夜は必ず来る。

その時、職員である我々にできることは何か。 「前を向きましょう」「治るまで頑張りましょう」と、彼らを泥沼から引きずり上げること(救済)だろうか? 違う。「救ってあげられる」という支援者側の傲慢(メサイア・コンプレックス)を、まずは我々が捨て去らなければならない。

我々にできるのは、相手を救うことではない。相手と一緒に、その泥沼の中で「溺れないように踏ん張る」ことだけだ。

利用者の心が荒れ狂い、不協和音を奏でるとき。我々はただ、静かにそこにとどまる。100均のワープ装置(自助具)を削り出しながら、決して揺るがない一本の「頑丈な杭」として、彼らの絶望のそばに立ち続けるのだ。

「治るまで待つ」という甘美な洗脳から目を覚ませ。 患側は、お荷物ではない。人生を共に乗りこなす「沈黙の戦友」だ。

我々は、正しい道を説き、階段を無理やり登らせる「教育者」ではない。利用者が泥沼の中で自分自身を取り戻すその日まで、共に嵐に耐え、そっと100円の武器を差し出す「共犯者(アカンパニスト)」であれ。

🔻 【壁をすり抜ける100均ワープ装置(DIY)の作り方一覧はこちら】

【10の裏カルテ】介護業界10のタブー

  ~ナースコール隠し、性の抑圧、寝たきりの存在意義~

理学療法士H
理学療法士。典型的なB型気質、一匹狼で徒党を組むのが大嫌い。他人の悩みや相談事を自分の事のように取り込んでしまい、体調が悪くなるのが欠点。趣味は、この世の人間関係の仕組みを解明すること。
当ホームページは、リハビリ脳を鍛えるためのサイトである。「リハビリ脳=日々の生活をリハビリ的視点で捉える事」と定義している。身体機能のリハビリのみならず、揺れ動く心のリハビリにも焦点を当てて考察している。
キネシオロジーと波動療法の専門店「こころのて整体院」を運営し、心と身体の癒しの場を提供している。
こころのて整体院
キネシオロジーと波動療法
管理者が運営する「心と身体の流れを整える」整体院です。病院では異常がないと言われた体調不良や、慢性的な疲れ、人間関係のストレスなど、心と身体のバランスが崩れることで起こる不調のご相談を多くいただいています。
当院ではキネシオロジーを用いて無意識の影響を確認し、波動療法で身体の状態を整えながら、占術(九星気学×易経)などの助言を得ることで、これからの人生の選択についてもサポートしています。
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