人間関係論シリーズ

石ころの存在意義 〜死にたいと言う人に何と答えるか〜

投稿日:2016年11月29日 更新日:

 

小話しを1つ。むかし読んだ本の中の一節なのだが、それを思い出しながら考えてみたいと思う。テーマは道端に落ちてる「石ころ」、果たしてこの石ころに存在意義はあるのだろうか…。
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先ずは4コマ漫画『石ころ』より…。

あるおばあちゃんのお話しです。夫のお爺ちゃんは数年前に亡くなってしまい、おばあちゃんは一人暮らしをしていました。そのおばあちゃん、毎日川辺に行ってはせっせと石ころを拾ってくるそうです。だから家の中は石ころで一杯。たまに来る娘さんが「いい加減に石ころを拾ってくるのはやめて頂戴!」と怒るのですが、おばあちゃんは全く聞く耳を持ちません。娘さんが「何で石ころなんて拾ってくるの?」と聞くと、おばあちゃんはこう答えたそうです。「外にいたんじゃ寒かろう…」と。
もしかして石ころを「死んだお爺ちゃん」への想いと重ねていたのかも知れません。


 

石ころ単体ではただの「石ころ」。あっても無くても良い存在なのかも知れない。

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でも、おばあちゃんは石ころを「必要だ」と感じた。

 

その瞬間、ただの「石ころ」が、無くてはならない存在へと変化した。つまり、おばあちゃんが石ころに「存在意義」を吹き込んだのだ。

 

昨今の凶悪事件、障害者施設での殺傷事件、自分の子に対する暴行事件など、「人の存在意義」について考えさせられることが多くなった。「チューブで生命を維持されている人」「手足を縛られて抑制されている人」「自分で身動きが取れず寝たきりの人」…そのような人達に対し、皆さんはどのように感じ、どんな気持ちで接するのだろうか。その人たちが心の声で、「もう楽になりたい」と訴えかけてきたら、この世に生きる意味や自分自身の存在意義をどう説明するのだろうか。

上述した「石ころ」のお話がヒントになりそうだ…。また書き足していく。

 

ご精読ありがとうございました


 

人の存在意義は、実は「相手との関係性」の中で生まれるものである。職場の中での人間関係は大きなテーマとなるものである。

 

人間関係に翻弄されないためには、どうしたら良いのだろうか。何事にも動じない「器」と「心」が欲しいものだ。しかしどうやって器や心を鍛えればよいのだろう。身体を鍛えたければ筋力訓練をすれば良いし、頭が良くなりたければ勉強すれば良い話だが、それでは自分の器や心を鍛えるためには…?

 

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