徘徊と見守りの限界|歩きたい本能を、私たちはどう裁くのか?

夜の廊下に響く、ペタペタという足音。出口を求め、あるいは「何か」を求めて休むことなく歩き続ける利用者。その背中に、私たちは反射的に言葉を投げかける。

「危ないから座っていてください」「転んだら大変ですよ!」。

私たちがそう言って、彼らを椅子に誘導し、時には立ち上がれない工夫を施し、時には薬の力を借りて、「静かな夜」を手に入れる。

「転倒事故ゼロ」という目標を達成し、無事にシフトを終えたとき、私たちの心に残るのは、やり遂げた「スッキリ感」だろうか。それとも、自由を奪った後の「モヤモヤ感」だろうか。

「安全」という名の、最も強固な檻(おり)

転倒して骨折すれば、その人のADL(日常生活動作)は一気に低下し、寝たきりになるリスクが高まる。だから歩かせないことは「その人を守るため」という大義名分となる。

マニュアルを遵守し、「立たせない、歩かせない、目を離さない」という処置を完璧にこなす職員は、リスク管理の面では満点かもしれない。

何の迷いもなく、「危ないから座らせておいたよ!」と言える強さは、過酷な現場で自分を守るための、一つの「正義」ですらある。

だが、椅子に座らされ、虚空を見つめる利用者の背中を見て、胸の奥がチリチリと痛むあなた。

そのモヤモヤは、あなたがプロ失格だからではない。相手を「転ばせてはいけない物体」ではなく、「どこかへ行きたい理由がある人間」として見ているからなのである。

徘徊は命の「リハビリテーション」である

歩くという事は、生きることそのものである。どこへ行くのか分からなくても、足を踏み出し、景色を変え、自分の意志で移動する。

その本能的な欲求を、私たちは「徘徊」という一言で片付け、管理の対処にしてはいないだろうか。

車椅子に縛り付け(身体拘束)、薬で意識をもうろうとさせ(薬物的拘束)、センサーマットで動きを監視する。そうして手に入れた「安全」は、誰のためのものなのだろう。

利用者が安心して過ごせるためのものだろうか。それとも、私たちが始末書を書かずに済むためのものだろうか。

「スッキリ」と「モヤモヤ」の、終わらない追いかけっこ

事故を防いでスッキリしている同僚は、施設の秩序を守っている。一方で、その人の自由を奪ったことにモヤモヤしているあなたは、施設の「心」を守っている。

どちらか一方が正しい訳ではない。だが、もし現場が「スッキリ」だけで埋め尽くされてしまったら、そこはもう「生活の場」ではなく、ただの「保管場所」になってしまうだろう。

答えのない廊下を、ともに歩む

「自由に歩かせる」か「安全のために止める」か。その二択に正解はない。大切なのは、その「中間」でどれだけ一緒に歩けるかだ。

5分だけ、行きたい場所まで付き添って歩いてみる。「座らせる」ことではなく、「どうすれば安全に歩ける環境を作れるか」を工夫してみる。

「徘徊」という言葉を捨て、「散歩」や「探索」という言葉で、その人の行動をとらえ直してみる。

あなたの「モヤモヤ」が、最後のブレーキになる

「安全のために止める」という判断を下さざるを得ない瞬間は、これからも何度もあるだろう。そのとき、どうか「スッキリ」と完結させないでほしい。

「本当は歩かせてあげたいのに、ごめんね」という、その小さなモヤモヤを、心の隅に残しておいてほしい。

その消えない痛みがあるからこそ、あなたはいつか、縛らなくてもいいケア、薬に頼らなくてもいい環境を見つけ出せるはずだ。

彼らの足音を消すのではなく、その足音に寄り添おうとするあなたの優しさが、今日も誰かの「自由」を、細い糸でつなぎとめているはずである。

まとめ

「転ばなかったこと」は、成功だろうか。

安全という名の檻に、誰かの「行きたい」を閉じ込めていないだろうか。

事故を恐れる心と、自由を尊ぶ心。その二つの間で揺れ動くあなたの葛藤こそが、本当の「見守り」の正体である。

理学療法士H
理学療法士。典型的なB型気質、一匹狼で徒党を組むのが大嫌い。他人の悩みや相談事を自分の事のように取り込んでしまい、体調が悪くなるのが欠点。趣味は、この世の人間関係の仕組みを解明すること。
当ホームページは、リハビリ脳を鍛えるためのサイトである。「リハビリ脳=日々の生活をリハビリ的視点で捉える事」と定義している。身体機能のリハビリのみならず、揺れ動く心のリハビリにも焦点を当てて考察している。
キネシオロジーと波動療法の専門店「こころのて整体院」を運営し、心と身体の癒しの場を提供している。
こころのて整体院
自立神経専門
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