歩行訓練中、こんな場面があった。段差で手すりを使おうとした時、杖を持ったまま動こうとしていたのだ。
私が「杖のストラップを手首に掛ければ、手が空いて楽ですよ」とアドバイス(正論)を伝えると、返ってきた言葉はこうだった。
「手首にぶら下げるとブラブラして、逆に怖いんです」「足に絡まりそうで…不便でも、手に持っている方がまだ安心します」



安全のために用意されたはずの道具(ストラップ)が、なぜ「恐怖の対象」になってしまうのか。その正体は、手首から吊り下げられた杖が、本人の制御を離れた「予測不能な異物」と化していることにある。
今回は、ダイソーの洗濯バサミとストラップを活用し、杖を身体に密着させて恐怖を取り除く「ショルダー・ホルスター」を錬成する。
⚠️【重要】実践される方へ
100均素材を使った自作ツールには、PL法の適用外となるリスクや、現場の他職種との摩擦を生む可能性があります。実践前に必ず以下の記事をご一読いただき、現場の構造をご理解の上、自己責任でご活用ください。

完成品

実践風景1

実践風景2

【深層解説】脳と道具をハックする「自由と不安」の心理学
なぜ、手首ストラップは不安を生むのか?それは杖が身体と「点(手首のループ)」でしか繋がっておらず、予測不能な揺れ(自由度)が発生しているからだ。
「身体拡張」の失敗と、コントロールの喪失
人が道具を使いこなしているとき、脳は「その道具の先までが自分の身体だ」と認識を広げている。これを「身体拡張」と呼ぶ。
杖を握って歩行しているとき、杖は「自分の足の代わり」として完璧に制御下に置かれている。しかし、手から離れてストラップでぶら下がった瞬間、杖は身体拡張のループから外れてしまう。
歩行のリズムに合わせて不規則に揺れる杖。脳は「自分の制御できない異物」が足元でブラブラしていることを本能的に恐れ、警戒アラートを鳴らす。これが、「足に絡まりそうで怖い」という恐怖の正体である。
「便利さ」という専門職の押し付け
「両手が空くから便利ですよ」というのは、あくまで機能だけを見た健常者(専門職)側のロジックだ。
人は、自由過ぎると不安になり、固定され過ぎると動けなくなる。リハビリテーションにおいて重要なのは、その間にある「本人が安心できるちょうどよい関係性(制御感)」を構築することなのだ。
錬成工房:杖を密着させる「ショルダー・マウント」
手首という「点」での接続を、肩と胴体という「面」での接触へと書き換える。杖を振り子のように揺らさず、身体の動きと完全に同期(スタビライズ)させるアプローチだ。
準備するもの(材料)
杖を上下でホールドする「クランプ」
身体と杖をつなぐ「伝送ライン」

パーツを連結するツール
作成ステップ
ストラップの輪に洗濯バサミを1つ縫い付ける。これが杖の上部(グリップ付近)を固定するユニットになる。

もう一方の洗濯バサミをストラップに通す。こちらは杖の下部を挟み、揺れを抑制する「スタビライザー」として機能する。

杖の上下を洗濯バサミで挟み、タスキ掛けの状態で身体に装着する。






プロの視点:「所有感」(オーナーシップ)が動きを変える
この肩掛けの工夫で変わったのは、杖の機能ではない。杖と身体との「関係性」である。
手首(点)での支持では、杖は「ぶら下がって揺れている異物」だった。しかし、肩(面)での支持に変えた瞬間、杖は「身体に寄り添い、共に動くパーツ」へと変わる。
杖が身体の近くで安定(スタビライズ)した瞬間、脳は「これは自分のコントロール下にある」と認識を書き換える。これを「所有感(オーナーシップ)」の回復と呼ぶ。
人は「他人に支えられている」と感じた時ではなく、「自分がこの状況を支配(コントロール)出来ている」と感じた時に、初めて自信を持って一歩を踏み出せるのである。
結び
リハビリの本質とは、便利な道具を増やすことではなく、人とモノの間にある「関係性の不具合(バグ)」を修正することにある。
ダイソーの洗濯バサミとストラップ。そこから生まれた「肩掛けスタイル」は、ブラブラとさまよっていた杖を、再びあなたの意志に沿う「信頼の相棒」へと転生させる。
「怖い」という利用者の本音を、決して「慣れてください」と置き去りにしない。その小さな共感から始まるハッキングこそが、利用者の日常に真の安心を取り戻す、私たち専門職の最大の武器となるのだ。
さて、次は杖を使った全身運動を紹介しよう。








