前章では、「想像力で相手の尊厳を守ろう」という高尚な話をした。だが、現実は非常である。想像力を働かせようにも、顔を見るだけで動悸がする、挨拶すらしてくれない…。
そんな劇薬のような相手も、現場には確実に存在する。
冒頭の4コマ漫画は、書類提出の一場面だ。訪問リハの仕事は、利用者の自宅だけでなく、主治医のいる病院やステーション内の人間関係など、意外なほど「顔を合わせる」場面が多い。
心理学には「ザイオンス効果」という言葉がある。会う回数が増えるほど、相手に親近感を抱くという法則「のはず」なのだが、これを介護現場に持ち込むと…。
ザイオンス効果




負の「ザイオンス効果」がある
営業職や恋愛テクニックでは鉄板の理論だが、介護現場の人間関係にこれをそのまま持ち込むと、手痛いしっぺ返しを食らうことになる。
もし理論通りなら、1日8時間、週に何度も顔を合わせる全職員が「親友」になってもおかしくないはずだ。
だが、現実はどうだろう。会えば会うほど、相手の些細な鼻のすすり方、歩き方、言葉の端々に宿るトゲが気になり、嫌悪感が積み重なっていく。
これこそが、介護現場における「負のザイオンス効果」の正体である。
密室が引き起こす「感性の汚染」
なぜ、好意ではなく嫌悪感が積み重なるのか。それは、介護現場が「逃げられない密室」であり、かつ「感情労働」を強いられる場所だからだ。
良好な関係における接触は「プラス」に働く。しかし、一度「生理的には受け付けない」というスイッチが入った相手との接触は、会うたびにその不快感を「上書き保存」していく作業に他ならない。
相手の存在そのものが、自分の平穏な領域を侵食する「ノイズ」へと変わるのだ。
「もっとコミュニケーションを取れば、分かり合えるはず」と歩み寄るのは、火に油を注ぐようなもの。接触回数を増やすことは、相手の嫌な部分を観測するチャンスを増やしているに過ぎない。
「戦略的距離」というプロの回答
ここで必要なのは、仲良くなろうとする努力を放棄する「潔さ」である。ザイオンス効果の逆を張るのだ。つまり、「接触の回数を極限まで削る」ことである。
- 業務連絡は、感情を排した「記号」としてやり取りする。
- 挨拶は、社会的な「礼儀」として、心を通わせずに完遂する。
相手を「人間」として深く知ろうとすればするほど、その内側にある異物感に触れてしまう。「嫌い」という感情は、相手に関心があるからこそ生まれるエネルギーなのだ。
本当の意味で自分を守るためには、相手を「好き」になることでも、「嫌い」で居続けることでもない。相手を「どうでもいい背景の一部」に格下げする技術が求められている。
結び:答えのない階段で、自分を保つために
私たちは、無限に続く階段を利用者と共に登っている。その過酷な道中において、隣を歩く同僚とまで手を取り合い、心を通わせる必要はない。
もし、会うたびに心が削られる相手がいるのなら、それはあなたの人間性が未熟なのではない。ザイオンス効果が、負の方向へ正しく機能してしまっているだけだ。
「今日もあの人の顔を見たくない」と思う自分を責めないでほしい。その嫌悪感は、あなたが自分の感性を死守しようとしている健全な防衛本能だ。
会う回数は変えられなくても、「心の接触回数」はあなたの意志でゼロにできる。明日もまた、あの人と顔を合わせるだろう。だが、あなたの「心」まで合わせる必要は、どこにもないのだ。
人間関係のブラックホール(全九章)

*ショッキングな内容が含まれます